私の思い

「母がしんどい」「母が重い」娘が急増中
「母のこと、大嫌いでもいいですか?」――帯にこう銘打たれたコミックエッセイが、いま話題を集めている。



 『母がしんどい』(田房永子/新人物往来社)は、どんなことでも娘を支配したがり、しかも思い通りにならないと喚き散らすという母を持った著者が、母の束縛から自立するまでを描いた作品だ。Amazonの出版社コメントによれば、「自分とまったく同じ」「私だけじゃなかったんだ」という共感の声が届いている、という。


http://ddnavi.com/news/79858/(ダ・ヴィンチ 電子ナビより引用)

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今日こんな記事を読みました。

以下、読んでいて不愉快な方もいるかもしれないので、もしこの考え方が嫌だな~と思ったら、読み飛ばしてくださいね。




実は今回のネネの入院時に実母と衝突しました。

私が過敏になっていたのが、一番の原因だと思いますが、本当に悲しかったんです。

というのも、ネネは有難いことに生まれてこの方、大病をしたことがありませんでした。確かにひどい風邪を引いたり、気管支喘息だといわれて、大変だったことはありましたが、それでも入院することもなかったし、まして、けがさえもせず、無事に育ってこられました。

なので、今回の入院はネネにとっても、私にとっても、とても大きなことでした。

かかりつけ医で「髄膜炎起こしてますよ、お母さん」と突然言われ、あれよあれよという間に大病院を紹介され、「髄膜炎かどうか調べるので髄液をとります」と言われ、ネネの叫び声のような泣き声を扉一枚隔てた向こう側から聞いたんです。
ネネは飛び込んできた私を見て、「ママ~痛かったよー帰りたい~~~~」と大泣きし、私も一緒に泣きました。

大げさかもしれないけれど、母として娘が辛い思いをして頑張っている姿は、本当にいたたまれず、何もしてやれないことにものすごいもどかしさを覚えました。

そうして唐突に始まったネネの入院。
私はその時のショックがまだ抜けていなかったのかもしれません。
本当に大げさかもしれませんが・・・。
母にネネの病状を電話で話したとき、辛かった思いを分かってほしかった。だから、「ネネが帰りたいって泣いたの。だから一度は入院をしないでもいいですか、って聞いたの・・・」と話を続けようとしたら、「何言ってるの!ちゃんと治してもらわなくちゃいけないに決まってるでしょ!早く退院しようなんて思わないで、しっかり入院して看てもらいなさい!」と母は私に怒鳴りつけたのです。

今思えば、母も大事な孫のために必死の一言だったの思うのですが、その時の私はその母の激情を受けとめられませんでした。私は、黙り込んでしまいました。
すると、母は続けて「ネネがいやだって言ったって、ちゃんと看てもらわなくちゃいけないんだからね、分かってるの??」とがなりつけたんです。

私はたまらず「分かってるよ!もういいよ」と怒鳴り返しました。
すると、母も『まずい』と思ったんでしょう。「それならいいけれど・・・」と言いつつも、あーだこーだとしばらく話し続け、私は「うんうん」とひたすら頷き、この時が過ぎるのを待ちました。


そして、翌日。
昨日の一件ですっかり嫌な気持ちになっていた私は「すぐに退院できる予定だし、お見舞いには来なくてもいい」と言っていたのですが、母はもちろん来ました。そりゃそうですよね。可愛い孫が入院すれば、一目顔を見たいと思うは当たり前でしょう。

ところが、来るなり「ネネのことが心配で、昨日は1時間おきに目が覚めちゃって、全然眠れなかったから具合が悪いよ」と・・・。

以前も書きましたが、入院したその夜、ネネはまた熱せん妄を起こし、看護師さんがそれこそ頻回に検温や様子を見に来ていたので、私も気が気ではなく、眠れない夜を過ごしました。そして、朝一に急きょ、脳症を疑ってのMRIを撮り、医師からは脳症はないものの、小脳に白い影が・・・などと言われて、不安いっぱいに始まった朝だったんです。
そこへきて、母が自分の体調の話。

でも、グッと堪えました。


『なんで自分のことなんだろう。
私たちがどういう思いをしているかは考えてくれないんだろうか。』

そういう思いはグッと堪えました。

けれど、そのことで母と同じ空間にいることさえも苦痛に感じるような気がしてきて、本当になんとも言い難い時間を過ごしました。


翌日も母は心配してお見舞いに行きたいという私の妹を連れて、またお見舞いに来ました。
でも、ここは小児病棟。感染症を防ぐため、患者の兄弟姉妹でさえも入室が難しいんです。けれど、母は妹が来たいと言ってるから、なんとか看護師さんに頼んでよ、というんです。仕方なく看護師さんに聞くと、感染症のチェックをするから、病棟内に入る前にインターホンを押してから入ることと面会は30分ほどということで了承を得ることができました。

そして、2人がやってきました。
「感染症のチェックしたの?」と何気なく聞くと、「うううん。勝手に入ってこれちゃったからいいかな~と思って」と母が答えたので、私はびっくり!
「ダメだよ!ネネはいいけれど、他にもいろんな患者さんがいるんだから、ちゃんとしないと!!!」とつい語気を荒げてしまいました。
そして、またこの時も『なんで自分のことしか考えてないんだろう・・・』という思いが募りました。
兄弟が入院しているけれど、面会ができず、病棟のガラス越しに兄弟が面会している姿を見たりもしていたので、母の行動のいい加減さには、本当にびっくりしました。

また帰り際に「もう来なくていいよ」と伝えたのですが、翌日も母はやってきました。

入院も3日目。だんだんと疲れが増してきていたのも手伝って、私の母への精神的なキャパシティはオーバーに。
またもや母に向かって「もう来なくていいってば」とぶつけました。
すると、「なんでそんなこと言うの?」と。
私もたまらず「自分でやりたいの」と、それだけ言うのが精一杯。それを聞いた母は「もういいよ。そんな風に言われて、涙が出るよ」と言い残し、立ち去って行きました。



それから、嫌な気持ちで数日を過ごしました。それは母も同じだったと思います。

そして、退院。
退院後、数日して意を決して母に連絡を取りました。
母は案の定、無愛想。
「こないだのこと怒ってるの?」と聞くと「うん」と。
それから、私は堰を切ったように泣きながら思いを伝えました。


ネネも私も辛い思いをして入院したことを分かってほしかったこと。
私の行き場のない悲しい思いを受け止めてほしかったこと。
ネネは私の子どもであって、あなたの子どもではないのだから、
私たちが決めて、私たちが自分たちの力で乗り越えたかったこと。


とっても自分勝手な思いだったかもしれませんが、ぶつけました。
私は母の操り人形じゃなくて、私には私の思いがあって、私なりにいろいろ考えて乗り越えようとしていることを見守ってほしかったことを一生懸命伝えました。



なんでも母の思った通り、言った通りにすることは、私にとっても安心感があって、楽ちんで居心地がよかったんですよね。でも、今回は違った。私も「母」として娘の一大事に向かっていくとき、私なりの考えや思いがたくさん生まれていたんです。

それなのに、それを一蹴されたことが本当に悔しかったし、悲しかった。




でも・・・・こういう思いは初めてではないんです。
母の愛がたまに「糸」になり、私はその糸のする通りに動かなくちゃいけないのか、と思ってきたことは、多々ありました。けれど、母にとってはそれは「愛」でしかないんです。

何も大事が起こらなければ、母と私は本当に仲が良い親子だと思います。

けれど、ひとたび大きな決断をする時にはいつもこの見えない「糸」に操られてきました。『お母さんが喜んでくれるかな』とそればかりを無意識に考えてしまっていた気がします。


でもでも、しつこいけれど、それは母の「愛」なんです。


難しいですね。子育てって本当に難しい。
愛に溢れた母のこと、とても大好きだし、本当に頼りにしています。けれど、難しいですね。子育て。

時に黙って見守ることも「愛」であることを私も「母」として勉強しなければいけません。
将来のネネのために・・・・。
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